「天羽さん、竜崎さんとは知り合いなのか?」
 
楓との会話を聞いていた三井が芹花に問いかけた。

「あ、はい、知り合いというか、一度お会いしたことがあって」
「は? なにも言ってなかったじゃないか」
 
橋口も驚いた声を上げる。

「会ったと言っても、直接の知り合いじゃなくて二度とお会いすることはないと思っていたから……」
 
それに、芹花のことを楓が覚えているとは思わなかったのだ。
今日顔を合わせても、初対面の振りをするつもりでいた。

「よければこちらにどうぞ。撮影がおしていて少ししか時間がないんですけど」
 
楓のスタッフが、スタジオの片隅に案内する。
スチール製の椅子が並ぶ一画に小さなテーブルがあった。
出版社の女性の言葉に従って椅子に座り、ポットから注がれたコーヒーの香りに気持ちを落ち着けた。
 
楓はうきうきした様子で芹花の傍らに立っている。
座る気配のない彼女を、芹花は訝し気に見上げた。

「あ、気にしないで。これって衣装だから座ってしわになるとまずいんです。撮影中はずっと立ちっぱなしの着せ替え人形なのよ」
 
楓は光沢のあるワインレッドのパンツスーツを着ている。
丈の短いジャケットと、裾が広がったパンツ。
キレイなシルエットをしわでだめにできないのはよくわかる。

「すごく似合ってます……」
 
芹花は楓の艶やかな姿に見とれた。
仕事中だということもあるだろうが、ただ立っているだけでも絵になる佇まい、そして、いつシャッターを切っても大丈夫だと思える魅力的な表情。
橋口も三井も、楓の美しさから目が離せない。

「あの、時間もないので、早速オビのことでお話してもいいですか?」
 
編集部の女性のきびきびとした声に、芹花は思い出したように視線を動かした。

「芹花さん、確認ですが、楓さんにコメントをお願いしていいんですよね」
「もちろん、お願いします。というより、竜崎さんのような有名モデルさんにお願いしていいんでしょうか?」
 
話題になっているとはいっても、作者名すら公表していないイラスト集だ。
竜崎楓のキャリアを傷つけないかが気がかりだ。