「遅くなってすみません。篠田さん」

「あ、光川さん(みつかわ)」


私がドアを開けた拍子にベルが鳴り、篠田さんはそれに気づいた様子で微笑みを浮かべた。篠田さんが淹れたコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。

光川さん、と私の名前を呼んだ篠田さんは、眼鏡の奥の瞳をふわりと和らげる。


「光川さん、じつは折り入って頼みがあるんですが」

「頼み?」

「明日もケーキ売り、頼めませんか?」

「え?」


すこしだけ申し訳なさそうな表情でそう言った篠田さんはちらりと相楽くんのほうを見て、手招きをした。篠田さんの言葉をぐるぐると頭のなかで噛み砕いていると、ベルが鳴って涼しい風が頬に触れた。

振り返ると、相楽くんがいる。きっと篠田さんが呼び出したんだ。


「相楽くんにも頼めませんか?」

「なにをですか」

「明日もケーキ売りをふたりに頼みたいんです」

「はぁ、」


相楽くんにしては珍しく気が抜けた返事。それに顔を上げる。彼はまっすぐに私を見下ろしていて、思わず肩が跳ねてしまった。


「みっちゃんは暇なの?」

「う、うん、じつは。友達にドタキャンされちゃって」

「あっそ」