「えっ?」

「えっ?じゃないよ。何か用事、あったんじゃないの」


驚いて相楽くんを見つめると、彼は眉を寄せた。


「……あ、」

「うん?」

「なんて言おうとしたのか、忘れちゃった」

「なにそれ」


険しい表情から一転、気の抜けた笑い声を控えめに零した彼の、首元を見る。氷点下なのに、相楽くんは防寒具を何ひとつ身につけていない。


「相楽くんっ」

「今度はなに」

「あの、寒くないの?」

「さっき寒いって言ったじゃん」


ふっと微笑みを作った彼は白い息を零して、駆け寄ってきたお客さんに目を向けた。寒いって言うくせに、相楽くんは微塵も表情に出さないし、お客さんには営業スマイルを向けている。

悔しいな。私は全然、相楽くんを笑顔になんてできないのに。


「みっちゃん」

「なに?」

「篠田さん(しのだ)が呼んでるよ」


またもやボーッとしていた私に、相楽くんはそう言って私の後ろを指さした。肩越しに振り向くと、篠田さんが確かに私を呼んでいた。

篠田さんはバイト先の店長で、温和な笑顔と黒縁メガネがよく似合っている男性だ。


「あの、ありがと相楽くん」

「べつに」


素っ気ない返事が相楽くんらしい。


「相楽くん。これ」

「ん?」


私は自分の首に巻いていたマフラーをはずして、相楽くんの胸に押し付ける。