「ちがう、相楽くん」

「え?」

「別になにかあったわけじゃないよ」


困惑した表情が、徐々に緩む。軽く目を見張った彼は首を傾げていて、私は思わず苦笑した。


「本当に?」

「うん」

「じゃあ、どうしてそんなに焦ってるの」


しばらく笑っていたけれど。相楽くんのその言葉を聞くと、ふっとなにかが緩んだ気がした。焦ってる、って私が?相楽くんにはそう見えるの?

そう言いたかったけど、喉に言葉が絡まってなにも言えない。さっきまでは、相楽くんに全部伝えないと終われないって思っていたはずなのに。彼の顔を見ると、その決心がぐらりと揺らいで、途端に苦しくなった。

私が焦ってるように見えるなら、それは確かだ。
これ以上、誤魔化したくない気持ちがあった。だけど伝えるには稚拙な言葉しか浮かばなくて、そんな自分が心細かった。

スマートになんでも言える大人なんかじゃない。自分の気持ちにすら気づけないほど子どもな私だから、とても自信がなかった。

断られたらどうなるんだろう、って不意に胸を過ぎる冷たさが。緊張の隙間をゆっくりと染みていって、たくさんの言いたいことが、頭のなかでごちゃごちゃと混ざる。

こんなに弱気な自分は嫌なのになあ。ひとつでも不安を見つけてしまうととことん抜け出せない。私の悪い癖がまたひとつ見つかる。

逃げたくないって誰よりも思っているのに、まだなにも言えなくて。考えるより大切なことはあるって、そうわかって、自覚してるつもりなのに。