駅に向かって走りはしたけど、私が向かったのは改札ではない。
そのまま駅の構内を通り抜け反対の出口を出た先の路地を入ったところにあるカフェに飛び込んだ。

closedと書かれた札の下がったドアを開けると、店内にいた若い男女が立ち上がり私の元に駆け寄ってくるのが涙でぼやけた視界に入った。

「恵美さん」と呼んだつもりだけど、二人には”えびざん”としか聞こえなかったかもしれない。

恵美さんは私を優しく抱きとめてくれて、山下さんは隣でよしよしと言いながら頭をポンポンとしてくれる。
安心感と一緒に過去の思いがこみ上げてきて嗚咽が漏れる。チラリと脳裏に最後に見た樹先輩の困惑が混じる苦しそうな表情が浮かんできてまた涙がこぼれた。

「ちょっと座ろっか」

恵美さんに誘導されてソファー席に座った。隣にはもちろん恵美さんが座ってくれて私の背中に右手を、私の膝に左手を乗せている。そのぬくもりがとてもありがたい。

私の目の前にはお冷とおしぼりとティッシュペーパーが置かれる。
顔を上げずに目線だけ上げると、そこには山下さんの心配そうな顔があった。

「大丈夫です。言いたいこと半分くらいは言ってやりましたよ」
鼻をずびずびっとかんで、おしぼりを目に当てて顔を隠しながら二人に報告した。

「半分なのか」
「全部言って責めてやればよかったのに」
二人はもっと言ってやればよかったのだと不服そうだ。

「今さらだし、酷い女になりたくなかったんですよ。これからまだ顔を合わせることもありそうだし、出会った時険悪な空気になりたくない」

出会ったら無視をしてくれと頼んだのはこちらだけれど、顔を合わせた時に他人のふりをされるのと、イヤな表情で顔を背けて拒絶されるのとでは意味合いが大きく違う。

「まあそうね」
恵美さんも不満そうだけど、頷いてくれた。