山下さんと別れドキドキしながらひとり千夏を待つ。
待ち合わせは駅前の大銀杏の木の下だ。

もうとっくに秋だと言うのにまだ気温が高い日が続いていて薄い上着だけでも寒くもないのだけれど、二年ぶりに彼女に会う緊張からか俺の手先は冷えていた。

山下さんは千夏は15分くらいで来るはずだと言っていた。
千夏は今どこに住んでいるのだろう。



ーーーー二年前、いきなり目の前から消えた俺の彼女『水口千夏』


インターハイの少し前から同じ陸上部でも短距離の俺とハードルの彼女では別行動が多くなり、おまけに俺の幼なじみの桜花が入院したことでほとんど一緒に帰ることができなくなっていた。けれどその分ライン連絡は頻繁にしていたと思う。
けれどインターハイでふくらはぎを故障した頃から彼女は俺に会いたがらなくなっていた。

ふくらはぎの治療のため数日間学校を欠席し、登校後も部活を休んでいたことは知っていた。
俺はというと目前に迫った受験のため部活を引退してからは学校の補習と塾通いに精を出していた。

元々地元の大学に進学して競技を続けるつもりだった俺が方針転換したのはインターハイの前月のことだ。
中学生の頃から短距離選手として見いだされ多くの大人たちの期待を受けながら競技を続けていた。それは大学に入っても変わらないと思っていたのだけれど。

ある日気が付いた。
陸上を辞めたら俺はどうするのだろう、と。
高校、大学そして実業団へと活躍の場を移し進んでいくつもりだった。
でも、その先は？

京平は陸上をやるのは大学２年迄と決めているのだそうだ。その後は教員になるために集中するのだという。
高校卒業や大学卒業と同時に競技を辞めるものは少なくない。

俺の将来設計ーーー
県内ではトップクラスのタイムを出していても全国レベルで見るとどうだ。オリンピックや世界選手権に出場するには実力が足りない。

このままでいいのかとこれまでのようにこのまま流されるまま競技を続けていくことに疑問を感じる。
そんな時に出会ったのが叔父の友人の林田さんだった。

実業家の林田さんは若者の起業や世界進出を応援する活動をしていて、その日はちょうど近所で講演会をすることになっていた。
たまたまトレーニングの合間の休息日だった俺は叔父に連れられて彼の講演を聴いたのだが、とても興味深いものになった。

その後の懇談会で実際に林田さんの援助を受けて起業したという若い経営者とも話す機会も得て俺の興味も広がっていく。
この先、陸上以外のことをしてもいいんじゃないかって。