千夏がいなくなったあの日、陸上部で千夏とよく一緒にいた同級生に聞いても、同じクラスの奴らも何も知らない、何も聞いてないと言っていた。
陸上部の顧問でさえもだ。

それをこのオトコは知っているというんだろうか。
口を開くこともできずじっと見つめてしまう。

「約束してくれないか。キミにも言いたいことがあるだろうけど、一方的に千夏ちゃんを責めないと」

「どうして山下さんとそんな約束をしないといけないんですか」

俺はムッとする。千夏と山下さんはどんな関係なんだろう。
この人の口ぶりからずいぶん親しい間柄らしいし、千夏は誰も知らないあの頃の事情をこの人には話したらしいし。

「俺は千夏ちゃんの友人。友人っていうか兄に近いかな。キミが心配するような関係じゃないけど、今の彼女に一番近いオトコっていうのは間違いないね」

その言い方にもカチンとするけれど、ここは黙っていた。

「君にもいるでしょ。いつも隣にいるような女がさ。俺と千夏ちゃんの関係とは全く違うけど」
皮肉めいた笑いを浮かべて俺を見る山下さんに嫌悪感を感じる。
なんでこの人からこんなに嫌味を言われないといけないんだ。

「いませんよ、そんな女」

「自覚なしか。ま、どっちでもいいや。とにかく一度会わせるけど、この先千夏ちゃんには付きまとってくれるなよ」

冷淡な物言いと冷たい視線に一層イヤな気持ちになる。
こんな奴、千夏の知り合いじゃなかったら絶対に口きかねえのに。
千夏と会えたなら今後二度と関わり合いたくない。

でもこの後時間があるかと聞かれて驚きに目を見張る。

「今から会えるんですか?」
「うん、彼女に確認してみるけど彼女は多分大丈夫だ。君はどうなの」

今日はバイトもないし、勿論、俺に異論はない。
「お願いします」と言うと山下さんはすぐにスマホを取りだした。

電話をかけるわけではなく画面をタップしているところを見ればもともと山下さんと千夏はすぐに連絡がつく手筈になっていたんだろうか。
何度かやり取りをしているようだった。

「今から電車でこっちに来るって。俺は席を外すけど、さっきも言ったけどあんまり責めないでやってくれよ。彼女だけが悪いわけじゃないと思うし」

いろいろと思うことはあるけれど、仕方なく俺は頷いた。
それは俺だってわかっている。ただ、なぜ黙っていなくなったのか、それが知りたい。
千夏にとって俺は何も相談してもらえないような取るに足らない男だと思われていたんだろうか。