私が話している間、山下さんは頷くだけでほとんど口を開かなかった。
途中言葉に詰まったりしてもせかすことなく黙って聞いてくれた。
話し終えると、「お腹空いただろ」とスープとサラダが付いたパスタセットを頼んでくれて私は遠慮なくご馳走になった。話し疲れてちょっとお腹が空いていたし、話したことで精神的に少しスッキリしていたってこともある。
「で、千夏ちゃんはどうしたい?二度と会いたくない?一度だけなら話をしてもいい?それとも・・・未練がある?」
未練という言葉にドキッとするけれど、あえてスルーすることにする。
「いまさら話をする必要ってありますか?」
「向こうにはあるだろうね。かがみ台観測会の追いかけっこを見る限り、彼は千夏ちゃんを見つけたら追ってくるだろう。あの様子だと、何か伝えたいことがあるんじゃないかな。
懐かしくてーーって感じじゃなかったよ」
「私はもう会いたくなかったし、できればほっといてって感じです」
「でも、再会しちゃったからね。お互い近くにいることがわかっちゃった。そこはもう変えようがない。だからこの先のことを考える必要があるんでしょ」
山下さんの言うことは正しい。
会わなければよかったのにとばかり考えていたけど、もう会ってしまったんだから、あの時会わなければなんて考えること自体が無意味だ。「--例えばさ、やり直したいって思ったりはしないの?」
「やり直したい?」
「そう、やり直したい。もしくはここからまた始める、とか」
「それは無理でしょう。あれから二年ですよ」
気持ちがすれ違って二年。あちらには私より優先する人がいたんだし。
「彼の気持ちじゃなくて千夏ちゃんの気持ちの話」
「私の、ですか」
「そう。千夏ちゃんにまだその気持ちがあるかってこと。今でもずっと立ち止まってるんじゃないの?」
「そうかもしれません。転校先で告白されてもこれぽっちも心が揺すぶられないし、合コンしても集団で話すのは楽しいけれど、その後連絡し合うとか二人で会うとかって気持ちには少しもなれなかったし。あれからずっと立ち止まってるんです」
樹先輩との駐輪場での待ち合わせとか二人で歩く帰り道とか。
電車の中から踏切で見送ってくれる樹先輩に手を振るとか。
練習の合間にトラックを走る樹先輩の姿を見つめたり、大会のスタート前には自分の時よりも緊張して見守ったり。
初めてデートした海岸とか。
気持ちはずっとあそこに留まっていて先に進めない。
「自分の隣に誰かがいる姿が想像できないんですよね」
「今の倉本が隣にいる姿は?」
「それも今は全く。過去の姿なら簡単に思い出せるんですけどね」思わず苦笑いした。
「先輩の隣に立つ姿を想像すると、それは女子高生の、高2の私なんです。大学生の私じゃありません」
ふうんっと山下さんが頷いた。



