私はなけなしの気力を振り絞ると、彼の隣で彼の腕に自らの腕を絡めている可愛らしい女性に精一杯の作り笑顔を向けた。

「私のことは気にしないで。先輩とは約束をしていたわけでも待ち合わせしていたわけでもないの。どうぞご自由に」

途端にぱあっと彼女の顔が明るくなり、まるで花が咲いたようになった。

まさに今から見ようとしていた早咲きの濃いピンク色をした桜の花が辺り一面に咲いたようだと思った。

儚げで可愛らしい、私と正反対の女の子。

私の耳の奥からドクンドクンと重低音の血液が流れる拍動音がする。
まるで暗く淀んだドブ川の流れのように感じる。
キラキラ輝く彼女の存在に気分が悪くなった。

「それじゃあ先輩、さようなら」

視線を合わさないようにくるりと背を向けると
「あのね、あのね、いっくん。」私がいなくなるまで待てないあの可愛らしい女の子は樹先輩にきゃぴきゃぴと話し始めている。

「待って、千夏」

焦ったような樹先輩の声と同時にいきなり左肘をぐいっとつかまれて、足元がぐらりと揺れる。

ひやぁっ声にならない悲鳴が喉の奥で鳴った。

危なっ。
慣れないハイヒールでよろけて、身体が揺れたもののそこは元陸上部、大股でガツンと踏みとどまった。女らしくないことこの上ない。
「え、やだ、すごぉい」彼女のバカにしたような言い方にもカチンとする。

危ないじゃないと樹先輩を睨みつけてみるけれど、先輩は私に目を向けていなかった。

「桜花、俺は彼女と話をしてるところだから、今お前の相手はできない。後で連絡するから」
私の肘を掴んだまま樹先輩は自分にぶら下がる彼女に真顔で告げている。

「えー、待てない。今聞いて。この人だっていいって言ってくれたじゃない」ねぇそうでしょ、と甘えた声で私の方を見てくる彼女。

もう本当に寒気がして吐きそう。