翌日、菊池は、午前十時三分高崎発のたにがわ四百六号の指定席に座っていた。東京駅到着は午前十一時丁度である。
 今日は土曜日ということもあり、車内はカップルや家族連れでほぼ満席だった。
 菊池は、ぼんやりと車窓から外の景色を眺めていた。何の変化もない田園風景が広がっていた。
 菊池は、昨晩一夜考え抜いた。その上で一つの結論に達していた。
 新幹線は、定刻通りに東京駅に到着した。
 菊池は、八重洲中央口からタクシーに乗った。
「文教大学附属病院まで」
 菊池が言い終わると、タクシーはゆっくりと走り出した。
 初老の運転手が気さくに話しかけてきた。
「どなたかのお見舞いですか?」
 菊池は、面倒臭くなり、ええ、と言ったまま黙った。
 菊池の仏頂面のせいだろう、それきり運転手は黙ったままハンドルを動かしていた。
 十分ほどで文教大学附属病院に到着した。
 菊池は、院内に入り三階を目指した。
 三階の東端の個室に亜里沙が入院していた。
 菊池が、個室のドアを開けると、車いすの操作を練習している亜里沙の姿が飛び込んできた。
「やあ。だいぶ慣れたかい?」
 亜里沙は笑顔で言った。
「結構難しいわ。でももう大丈夫。これならば街にも出られるわ」
 菊池は笑顔で訊いた。
「来週退院だって?」
「うん。来週の水曜日に退院することになったわ。今回はけんちゃんにも心配をかけちゃって申し訳なかったわ」
 菊池は軽く頷き訊いた。
「亜里沙は、もうNGOの活動はしないんだろう?」
 亜里沙は悲しそうな目をして答えた。
「もうやらないわ。もっともこんな体では活動したくてもできないしね」
 菊池は頷き、笑顔で言った。
「仕事の話なんだけどね。銀行側はこれからも働いてもらいたいと言っているんだけど大丈夫かい?」
 亜里沙は目を丸くしている。
「でもわたし車いすよ。車いすがなかったら移動できないわ。それでも雇ってくれるの?」
「うん。安中支店では段差があるから無理だけど、本店営業部なら全箇所スロープが設置されている。あそこには車いすで働いている人もいるから大丈夫だよ。それに俺も全面的にバックアップするから」
 亜里沙の大きな瞳が潤んできた。
「けんちゃん、ありがとう。でも、全面的にバックアップなんてしなくてもいいから」
 菊池は口を歪ませ訊いた。
「どうして。これまで仲良くさせてもらったじゃあないか。今後ともお付き合いさせてくれよ」
 亜里沙は、涙を流しながら言った。
「だって、けんちゃん、私車いす生活よ。これまで通りというわけにはいかないわ。これ以上、けんちゃんに迷惑かけるわけにはいかないわ。けんちゃんには、もっと相応しい人がいるよ。わたし達、別れましょう」
 菊池は、反射的に亜里沙の肩を抱いた。
 亜里沙は、すすり泣きをしている。菊池が背中を擦った。
「亜里沙が退院して、銀行に復帰したら結婚しよう。俺には亜里沙以外には考えられない」
 亜里沙は、首を盛んに横に振っている。
「同情なんて必要ない。同情は止めてよ」
「これは亜里沙への同情とかそういったことではない。俺は本気で亜里沙が好きなんだ。車いすがどうした。そんなこと関係あるかい!」
 亜里沙は、顔を上げ菊池を真っすぐに見つめた。菊池は亜里沙の口を吸った。舌と舌が絡まりあう。長い口づけの後、亜里沙が言った。
「ありがとう、けんちゃん。こんなわたしだけど末長くよろしくね」