剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―

「アスモデウスなんて流行っているでしょ? 心配だわ」

 道中、なにげなく話題を振るとテレサは大きく反応した。やはり彼女の元に来る患者たちの中には本気で興味を抱く者も少なくないようだ。

「私もドュンケルの森の入口周辺に薬草を取りに行くんですけどね、若いお嬢さんと遭遇したこともあって。そんな迷信は嘘で素敵な青年は現れないから早く帰りなさいって注意したわ」

「先生こそ、あそこは人気(ひとけ)も少ないですし気をつけてくださいね」

 ジェイドが声をかけるとテレサはおかしそうに笑った。

「大丈夫よ。行き慣れていますし、こんなおばさんですから。ベテーレンもあるから獣が出る心配もないわ」

「ですが、半年ほど前にあそこで……」

 テレサの言い分にセシリアがつい口を挟んだ。前を歩いていたテレサが一瞬、セシリアを無表情でじっと見つめる。グレーの双眸に捉えられ、セシリアの胸がざわついた。

 テレサはふっと笑みをこぼす。そして再び前を向いた。

「ええ、たしかに。半年前、あそこでひとり貴族の娘さんが亡くなっているわ。名前はたしかクレア・ヴァッサー」

 どこかぼやっとした雰囲気のあるテレサだが、このときの彼女は声にも口調にも硬さがあった。そこへジェイドが切り込む。

「彼女の遺体を所見したのは先生だとお伺いしたんですが……」

 まさかの情報にセシリアは息を呑んだ。改めてテレサのうしろ姿に視線を送る。テレサはちらりとこちらを振り向いてから、すぐに前に向き直りゆるやかに口を開いた。