父が嫌いではなかったし尊敬もしていたが、どうも父親というよりアードラーという立場が先に立ち、セシリアとしては素直に甘えられる存在ではなかった。

 五つのときに母を亡くし主に祖母に育てられたが、祖母もどちらかと言えば厳しい人だった。さすがは父の母というべきか。

 だから、穏やかで冗談もよく言う兄はセシリアにとって一番の拠り所だった。

『なんで兄さんは、アードラーにならないの?』

 ふと遠い昔に交わした兄との会話を思い出す。

 セドリックが、自分はアルノー夜警団に入団してもアードラーにはならず、幼馴染みのスヴェンやルディガーを支える役目を担っていくと告げたときは、妹のセシリアとしてはすんなりと納得できなかった。

 たしかに兄は一見、頼りなさそうな雰囲気かもしれないが、剣の腕は幼馴染みのスヴェンやルディガーとそう差異はない。そこは父親のお墨付きだ。なにより父が現アードラーであるのに。

 早口で続けるとセドリックは眉尻を下げ、セシリアと同じ穏やかな青色の瞳を細めて激昂する妹を宥めた。

『だから、だよ。実力主義とはいえ、肉親が跡を継いだらあれこれ勘繰ったり、不信感を抱く者も出てくるだろ? 組織として不安要素は極力なくしておきたい』

 そこは父も同意見なのか、スヴェンやルディガーという剣の才を持つ者が他にいるからなのか。自分の息子にアードラーを継がせる気はないらしく、セドリックの意志に反発しているのはセシリアだけだったりする。

『でも……』

『いいんだ、俺は支える側の人間になる。むしろそっちが向いているんだ』

 まだ物言いたげな妹の頭を撫で、セドリックは強く言いきった。