剣に願いを、掌に口づけを―最高位の上官による揺るぎない恋着―

「セドリックは元気か?」

 その名を耳にしたとき、セシリアの感情が今日初めて振れた。大きく目を見開き、アイスブルーの瞳でジェイドを見つめる。

「俺はお前を直接は知らないが、お前の兄貴からお前の話を聞いていたんだ。もうかれこれ十年前になるがな。さすが兄妹だ。目元がよく似ている」

 セシリアはぐっと唇を噛みしめてジェイドを見つめる。ジェイドはソファから腰を浮かし隣の診察スペースに足を向けると、棚の奥から古い紙の束を取り出した。それを持って戻ってくる。

「信じられないって顔をしてるな。ほらっ」

 セシリアの前に置かれた紙の束は、かなりの年月を経て色もくすみ文字もかすんでいる。けれどそこに見慣れた文字を見つけた。

『Cedric Treu“セドリック・トロイ”』

 間違いない、忘れもしない。セシリアにとっては懐かしい、几帳面さがよく表れている兄の筆跡だ。セシリアはジェイドに視線を戻す。

「あなたは……」

「俺はな、親父から医学を受け継いだんだが、その際に少しだけあいつも一緒だったんだ。親父のところに頼み込んできたらしい。物好きにも程があるが自分は将来、支える側の人間になるから医学の知識が必要なんだってな」

『支える側の人間になる』

 よく兄が口にしていた台詞にセシリアは胸が温かくなるのと同時に痛みも覚えた。だから言葉にするのを少しだけ躊躇った。

「……兄は亡くなりました。」

 静かに告げると、辺りは一瞬の静寂が包んだ。ジェイドは複雑そうな顔で頭を掻き、しばし言葉を失う。動揺しているのがわずかに伝わってきた。