セシリアは顔を背けたのと同時にルディガーの口元に右手を持っていき、物理的に口づけを中断させた。

「どうしたんです? あなたらしくありません」

 やや早口に、そして相手にしか聞こえないほどの小声で捲し立てる。ルディガーはセシリアの手首を掴み、そっと自分から離した。

「らしくない?」

「こんな見せつけるやり方は……」

 そこで言葉を止める。顔を確認できなかったが、先ほど現れたのはおそらくルディガーを追ってきたディアナだ。

 彼女が自分たちを見て、どのような感情を抱いたのか。絶望か悲嘆か。はたまた憤怒か。

 ケリをつけるとは言っていたが、いささか乱暴すぎる方法だ。ルディガーの評判だって落としかねない。

 そう言おうとしたが、ルディガーが先に続ける。

「別に、もういい加減潮時だって話だったろ。それに今は彼女は関係ない」

 ルディガーは掴んでいたセシリアの手首を今度は逆に自分の方に寄せる。次に目を閉じると、掌に音を立て口づけた。

 その光景にセシリアは息を呑む。ルディガーは静かに目を開け、セシリアを見据えた。

「全部俺のものなんだろ。髪の毛一本でも他の奴に触らせたくない」

 きっぱりと言い放ち、掌に舌を這わせていく。ザラついた生温かい感触に、手を引こうとするも叶わない。

 酔っているのは、酔っていくのは、むしろ自分の方だ。

 輪郭が融ける闇夜、セシリアは冷たい風を受けて奥底に沈めていた気持ちに必死に蓋をしていた。