「えっ、え!?」

 衝撃音と刺激臭でドリスの意識が戻る。訳がわからない彼女は本能的に外へ出ようとした。それにテレサも続く。

 よかった。

 それを見届けセシリアはその場に再び倒れ込む。集中力と力を出し切った後で、筋肉は弛緩し立つのも難しい。満身創痍の状態で意識も朦朧としてきた。

 続けて割れた樽から流れ出たのは、ワインではない。錆びた鉄の匂いにむせ返しそうになる。萎れたベテーレンの花と共に床が赤く染まっていった。

 赤黒く変色した血にセシリアの指先が触れる。

 ドリスが無事なら、それでいい。後はあの人が幸せになってくれさえすれば――。

 ついに棚自体がバランスを崩し、セシリアを襲うように倒れ込もうとした。セシリアは動けず、ゆっくりと目を閉じる。

「シリー!」

 怒涛の勢いで棚が倒れ、すぐそばでなにかが割れた音が鼓膜を刺激する。一瞬だけ聞こえた耳慣れた声は幻聴か。

 次にセシリアは違和感を抱いた。視界は真っ暗なのに予想していた痛みもない。そもそも、どうしてこんなに温かい?
 
 おそるおそる目を開けると信じられない状況に自分はいた。

「大、丈夫か?」

 表情は読めないが、耳元で苦しげに囁かれる。ルディガーがセシリアを庇うように覆いかぶさっていた。

 すぐに事態が把握できなかったセシリアだが、ルディガーはかまわずに彼女をさらにきつく抱きしめて自分に密着させた。

 なん、で? どうして?

 声を発するどころか息もできず、ワインと血の香りは不快感しかない。目の奥が熱くなり、遠くなる意識に必死に抵抗するもセシリアの視界は真っ暗になった。