僕は千代のお父さんを見たりしない。
お母さんや1年前の僕にすがったりもしない。
不思議と心は
風のない日の海のようだった。
僕に見えているのは
千代の顔だけだ。
「ねぇ、千代、いいんだよ」
片方の手で千代の手を握る。
千代の手は暖かい。
こうしてちゃんと千代の手を
握ったのは初めてかもしれない。
「もういいんだよ。
我慢しなくて」
僕はさっき
千代が心残りしないように
最高の夏休みにさせようと思ったと言ったが
でも多分
それが全部じゃない。
僕にも必要だったんだ。
千代との思い出が。
こうして
千代の手を握って
「いいんだよ」
と伝えるために。

