「本当に大丈夫?」

「え?」

「栄さん、何もされてない?」

「あ、うん。本当に大丈夫。なんにもないよ」

そう言って井上は屈託なく笑う。この顔ならまぁ、本当に何も無いんだろう。

「噂をすれば……」

 少し重たげな人の足音に視線を事務所の方に向けると案の定、栄さん。この人の足音は特徴的だからすぐに分かる。

「おはようございます」

「おはよう。井上さん、昨日はありがとうね」

「こちらこそご馳走様でした」

 ちょっと眠たげに男子ロッカールームに入っていった栄さんに、井上は先ほどと同じ笑顔を向ける。

 つーか、こんなフワフワお気楽に「ご馳走様でした~」なんて笑ってるから、行けそうとか栄さんに思われてるんじゃないのか? 有り得ないなら有り得ないってハッキリ顔に出せばいいのに。

「あ、前橋君。新刊上に置いとくから」

 肩越しに振り返ると、栄さんの手には今借りている漫画の単行本の最新刊。

「あざっす。全然読めてないんでもう暫く借りててもいいっすか?」

「いいよいいよ。俺もそんなしょっちゅう読むわけじゃないから」

 別に普通に付き合う分には栄さんも全然普通なんだけど、先ほどの女性二人の反応が示す通り時々アレな所があるのは否めないんだよなぁ。悪い人じゃないんだけど。

 栄さんが井上をロックオンしているような気がする。今までそこまで考えていなかったけれど、佐伯さんが言うようにそんな意識で見てみると、納得できるのも確かだった。