「お待たせ」

 井上は読んでいた本を棚に戻しながら「そんなに待ってないよ」と笑った。

「飯、どうする? 何か食って帰る?」

 何故俺の家に帰る前提かと言うと、結局先週の土曜日に栄さんから借りてた漫画を読んだから。2人で黙々と読んだけれど、90冊を1日で読み終わる訳もなく、今週も読みに来るという訳。

「……台所貸してくれるなら作ってもいいけど」

 ……作ってくれんの? 井上が? まじで?

 思っても居なかった提案に、遠慮も無く食いついた。それに家で作って貰えるなら、酒を飲むのも避けるのも外食よりも容易だ。

 先週、料理をほとんどしないから、コンビニや外食ばかりで飽きたと話したからだろう。言ってみるもんだな。

 いつも以上に人の多い金曜夜の駅構内、歩きながらふと触れた井上の手をそのまま捕まえた。

 井上と仕事中や休憩中に話をする事が増えた。だけど、先週のアレは仕切り直しにされている事には変わりなかった。

 つまり、ただの同僚からはランクアップしたけれど、まだ”井上の彼氏”では無い、言う事だ。