「一颯、スーパーで醤油買ってきてくれ」
「はーい」
財布を持って、家から出る。
扉を開けると、一気に凍えるような冷たい空気が感じられた。
外は一面雪景色。
まだハラハラと雪も降っていて、雪掻きする人もいた。
京都はどんな季節にも関わらず、いつも美しい。
だからここに住みたかったんだと改めて実感する。
僕は今、ここに引っ越してきてなんだかんだ上手くやってきている。
父さんとは仲良くなれたし、新しい学校では普通に友達ができた。
栞の言う通り、人とちゃんと向き合ったおかげだ。
心のモヤモヤもいつの間にか消し去っていて、今は毎日が楽しい。
僕は父さんに言われた通りスーパーで醤油を買ったら、帰り道に本屋に寄る。
本を捜し求めていると、それはかなり奥の方で見つかった。
作者、三町 庵の新作。
赤い表紙に白い字で『最高のふたり』と書かれている。
またどこかの映画に似たようなタイトルだ。
相変わらず怒られないのだろうか。
栞の母親は、栞と似たような度胸のある人なのだろう。
僕はその本を手に取り、レジにまで行く。
途中、1冊の雑誌が気になった。
『謎の暴力事件、そして殺人未遂』
きっと僕の想像している内容のものとは違うのだろう。
だって、僕の知っている事件はそこまでニュースにならなかったからだ。
僕を刺した男はそのまま殺人未遂で逮捕され、栞の父親は警察の病院で意識不明。
僕と栞は事実を聞かれても黙秘し続けたことで、それ以上追求されることはなかった。
事件は謎のままとなって、ニュースにもあまり取り上げられない。
終わってみると、本当にあっという間の夏休みだった。
栞は死のうとしたなんて嘘みたいに、今は元気でやっているらしい。
毎日電話しているが、最近は飼い始めた猫の話ばかり。
呆れてくるほどだが、そんな幸せそうな彼女の声をスピーカー越しで聴いているだけで僕は嬉しい。
夏は終わり、秋になり、冬が来て、春が来る。
どんなに季節が移り変わっても、僕らがあの時過ごした夏休みは、一生忘れることはないだろう。
夏にすごした、僕らの青春。
それは、哀しくも美しい、一時の思い出。
fin.
