死にたい君に夏の春を

「一颯!」


僕を呼ぶ声で、はっと我に返る。


明るくて、眩しい。


しきりに瞬きをすると、目の前には父親の顔があった。


「目を覚ましたんだな……。良かった……」


どこだ、ここは。


見回しても、覚えのあるものはひとつもない。


「先生を呼んでくるから」


そう言って立ち去ろうとする父親の服の袖を掴む。


「栞は……?」


「栞?
あぁ、毎日来てた女の子か。今日は来てないよ」


来てない?


そして、先生?


一体なんのことだ。


状況が掴めない。


頑張って記憶を巡らせる。


僕の最後の記憶は、夏祭り。


夏祭りで屋台に行って、2人で神社の奥に行って、花火をみて、それで。


そうだ、僕は刺されたんだ。


顔に傷がある男に、ナイフで刺された。


正確に言えば、栞が刺されそうになったところを僕が押し退けたんだ。


記憶がもどると、腹がジンジンと痛み出す。


そうなると、ここは病院なのか。


栞が来てないということは、僕がさっき見たのは夢?


夢と現実の区別がつかなくなる。


しばらくして、医師と父親が戻ってきた。


僕の体を診察する。


「うん、大丈夫ですね。君は本当に運が良かったよ」


「どういう、ことですか」


振り絞るように声を出す。


「最後の記憶は覚えている?」


「確か、いきなりナイフで刺されて……」


「そう。その刺された場所があと数センチズレていたら、致命傷になってたんだ。それと暴力事件の関係でその日は警察官が警備してて、すぐにその男は捕えられた。だからとても運がいいんだ」


そうか、死ぬほどの怪我ではなかったんだ。


一気に安心して、深くため息をつく。


男が捕えられたということは、もう栞を脅かす存在はいないということか。


これで、完全に平和が訪れたんだ。


本当に、良かった。


早く栞が来て欲しい。


彼女の笑顔が、また見たい。