死にたい君に夏の春を

いきなり、視界が一気に明るくなる。


上を見てみると、赤や黄色や青など、色とりどりの花火が黒い空を彩っていた。


「……綺麗」


栞はポツリとそう言った。


少し遅れて、体に響くくらいの大きな音がした。


それと同時に、胸も高鳴る。


今ここで、言うんだ。


死んでほしくないって、彼女に言うんだ。


花火に夢中になっている栞に、僕は言った。


「栞」


その声で、僕の方を見る。


「なんか言った?」


「栞。僕は君に……」


言おうとした。


けれど、言えなかったのだ。


瞬間、彼女から視線が外れる。


彼女ではなく、後ろの方に目がいった。


何も考える時間などなかった。


ただ無意識に、彼女を腕で押し退ける。


全ての動きがスローモーションとなり、花火の音すら聞こえない。


そして、僕の右腹に強い衝撃がきた。


下を見ると、絵の具のような赤い鮮血が流れ出てくる。


バクバクと心臓が鳴る。


痛い、熱い。


目線を上げると、顔に酷く怪我をした男が驚く表情をする。


栞の手から離れた水風船が、割れる音がした。



気づいた時には、倒れていた。


耳鳴りばかりして、叫んでいるように見える彼女の声も、駆けつけた警察官の声も何も聞こえない。


ただ見上げた空が、花火で綺麗に彩られていただけだった。