死にたい君に夏の春を

「口止め、料?」


聞いているのはこっちなのに、疑問形で返して欲しくない。


「あ、足りなかった?」


彼女はまたビニール袋の方へ行こうとした。


それを止めるように僕は言う。


「い、いや、そうじゃなくて。なんでお金?」


「昨日のこと、言われちゃまずいから」


昨日はあんな余裕そうな顔をしていたから、気にしていないと思ってた。


だがお金を出してまで、誰かに言われたくない理由でもあるのだろうか。


彼女の顔は真剣だ。


「別に言うつもりはないけど…」


「ほんと?まぁ、その方が助かる」


そう言ってまた、お金をビニール袋に戻した。


ビニール袋の中に、少しだけ財布のようなものが見えた。


それはきっと、昨日の中年男性のものだろう。


やけに女子らしくない、黒い長財布だった。