2話「秘密の言葉と」

 



 「ほら、もう着くぞ。」


 酔っぱらってしまった千春を家に送るのは、いつも秋文だった。家の方向が同じという事もあるが、他の2人が秋文の事情を知っているからか、いつも無理矢理押し付けてくるのだ。

 タクシーに乗ると、いつも千春はウトウトと寝てしまう。そして、何故か秋文の手を握ってくる。
  

 「うぅー……温かいー。」


 そう言って秋文に寄り添ってくる。
 頬はほんのりピンク色に染め、そして、今日は泣いてしまったためか、目は赤くなっている。そんな千春がこうやって自分の手を握り、体をくっつけて座ってくるのだ。
 秋文は、その手を優しく握りしめる。


 「はぁー……こんな事されるなら、出になんて任せられないだろ。」


 小さく独り言を言う。けれど、その文句のような言葉も声が明るいので、嫌ではないというのはすぐにわかる。けれど、その言葉を聞く人は今は夢の中なのだ。


 「なんで、俺を選ばないだ?」
 

 秋文は、千春が好きだった。
 それも、高校の時からだ。かなりの片想いだけれど、千春は全く秋文を恋愛対象と見ていないのは、秋文自身もわかっていた。
 だから、千春が誰かと付き合い始めたら、秋文も適当に彼女を作ったら。そして、千春が別れたら、秋文も別れる。それの繰り返しだった。

 自分でも最低な男だと思う。
 けれど、好きな女が自分の知らない男にとられて行くのをずっと見ていられるほど、冷静にはなれなかった。イライラした気持ちで、切なく寂しい気持ちを他の女にぶつけていた。
 こんな我が儘な男を好きだと言ってくれる人が多いことは不思議だったけれど、秋文も恋人がたえることはなかった。

 そんな事をして、気づけばいい大人になっていた。今回は、秋文は誰も付き合わずに千春を見守っていた。秋文も知っている先輩だったので、何故か妙に焦ってしまい、千春の連絡をいつも待っていた。
 恋人以上になるのが怖かったのだ。