「来客中なんだ。落ち着け。それに、千春がどこにいるのかわかるのか?あいつの家はもうないんだ。………この街中のホテルを探しまわるのか?その足で。」
 「………それは。」
 「電話は?」
 「………俺は避けられてブロックされてるから出てくれないんだよ。」
 

 その言葉を言うだけで、情けなくなる。
 
 千春と離れた当初は、毎日のように連絡をしていた。メッセージを読んでくれているのもわかっていたし、自分の気持ちを伝えていければいい。そう思っていた。
 けれど、返事のないメッセージを送り続けるのは、予想以上に辛かった。
 
 いつ返事をくれるのだろうか。
 もう千春は、自分の事を何とも思ってないのだろうか。彼女が犠牲にならないと、本当にやらなきゃいけない事がわからなかった、情けない男にもう会いたくもないのではないか。

 そして、返事を待つことから、いつメッセージを避けられるようになるのだろうか。

 そんな不安を持つようになってしまった。
 それを考えてしまうと、もうメッセージを送るのが怖くなってしまった。


 そして、恋人騒動があり千春に説明をしようとメッセージや電話をするけれど、それらは全てエラーになってしまったのだった。

 それから何度試しても同じだった。
 自分は千春に呆れられたのだ。そう思っていた。


 けれど、彼女は帰国して、この家を訪ねてくれた。
 友達として心配してくれただけかもしれない。

 理由は何でもよかった。
 千春に会いたい。話をしたかった。
 左腕につけている黒の腕時計をさする。
 
 秋文はこの時計を肌身離さずつけていた。
 練習や試合の時はつけれなくても、いつも持ち歩いていた。

 スペインで彼女に繋がれるもの。それは、この腕時計と思い出しかなかった。



 「………とりあえず、俺のスマホから連絡しろ。今、会ったってお互いに落ち着いて話も出来ないだろう。………千春だってすぐに戻らないだろう。会う約束だけでもしてみろ。」


 出はそう言うと、秋文に自分のスマホを渡して、先に部屋の中に入ってしまった。
 


 今の日本は冬。
 冷たい空気が秋文を包む。
 震えそうな指で、通話ボタンを押す。

 スマホに表示された愛しい人の名前を見つめるだけで、秋文は瞳に涙が溜まってくるのがわかった。