32話「夢の中の幸せ」





 千春の行動力は早かった。

 秋文がスペインチームへ加入が決まった事がわかった時もそうだ。
 すぐに会社に異動届けを出して、引っ越しの準備もした。
 忙しくしている間は秋文の事を忘れられたので、きっと離れても大丈夫だと思っていた。
 けれど、離れる直前はとてもつらくて、自分でも泣かなかった事を褒めたかった。もし、あそこで泣いてしまっていたら、今はどうなっていたのだろうと考えてしまう。


 そして、今も会社にすぐに長期の有給の届けを出した。普段休みもほとんどなかったし、日本にも帰れと言われても帰らなかったので、上司はすぐに休みを受理してくれた。

 
 日本に戻ってからまた、スペインに行こうかと思っていたので、かなりのハードスケジュールになるだろう。
 そう思っていた時だった。


 『世良さん、お電話です。』

 
 日本に戻るまであと2日という時だった。
 会社に千春宛の電話が来た。取引先の相手だと思いつつも、千春は『どちらからの電話ですか?』と電話を受け取ったアメリカ人の男性社員に聞いた。
 すると、その社員は困った顔を浮かべた。


 『日本語を話してるんですけど、とても急いでるみたいです。……世良千春を出してくれと言っていました。』
 『わかりました。』
 

 日本の取引は、今は担当してないのにな、と不思議に思いながら、「はい。お電話変わりました世良です。」と言った瞬間。聞き覚えのある声が、耳に入る。