一瞬。私の肩を掴んでいた翔の指がピクリと動いた。


翔は力なく眉を下げ、ゆっくりと手を離す。


「…だけど。一度捨てた気持ちはもう戻らないわ」


「…え、」


「二度と」


尚も逡巡する翔の瞳(め)をジッと見つめ、私は言った。



「翔…。あたし、ちゃんと決着つける。

だから、待ってて欲しいの」



さっきまでの大粒の雨が、嘘の様にやみ始めていた。


「ちゃんと好きだから。

あたしも翔の事、ちゃんと想ってるから…」



そう言うと、わたしの心は愛しさで満ち溢れた。


小雨になった雨は、やがてピタリとやみ、傘をたたむと翔は言った。


「分かった…。俺、待つよ。

今までだって、ずっと待ってたんだから」



翔は笑顔だった。

私の好きな翔だ。


彼を見つめ、私も自然と顔を綻(ほころ)ばせていた。


その時。ぬるい風が私たちの間を吹き抜け、木々を揺らした。



私は何故かその風を、心地いいとさえ思った。



夏の雨に浄化された灰色の街に光が差し、心が軽くなるのを感じていた。



- END ー