まさか、と思い声の主を見やると、‘昔好きだった彼氏’、桧山(ひやま)くんが私の方に駆けて来た。
…うそ…ッ。
「元気だったか? 変だけど俺たちずっと音沙汰無しだったよな?
付き合ってんのに」
私は無言で眉をひそめた。
…もしかして。二ヶ月もあたしを放っておいたくせに。まだ付き合ってる気でいたの?
電話もラインもスルーされて。あの時あたしがどれだけ傷付いたと思って…。
「あのさぁー。実は俺、一度は気持ち…冷めたんだ」
言いながら桧山くんは私の隣を歩き出した。翔とは違うペースで。
「…だから、その。
距離置いてた。でも、やっぱり。俺はお前が好きだよ」
急に何かが思い切り、私の心臓を鷲掴みにする様な、強い衝撃が走った。
….‘距離オイテタ’って。勝手に?
相変わらず、名前で呼んでもくれないし。ましてや今のあたしの気持ちを察してもくれないのに。
あたしのドコを好きだというの?
そう思うと、ひとりでに鞄を持つ手が震えていた。
瞬間。
今の季節にはとても心地良い風が吹いた。
ザァッと木々を揺らし、私の髪をもなびかせたけど。
私にはちっとも心地良く感じられなかった。

