「なあ。今日仕事入ったから、これ役所に出しておいて」

今日私の夫になる予定の男は、そっけなくそれをテーブルに置いた。
私が買った結婚情報誌の付録についていた、ピンク色の婚姻届。

「それなら別の日でも……」

「は?一人で行けないのかよ、役所くらい」

威圧的な態度に、もう私は頷くしかなかった。

仕事だなんて言っておきながら、普段はジャケット一枚で出勤するくせに、今日は分厚いダウンコートまでしっかり羽織って。
仕事では決してつけない黒縁の眼鏡。
それを眼鏡ケースにそっとしまったのを、私は見逃さなかった。

「今日は遅くなるから。夕飯もいらない」

でしょうね。

「いってらっしゃい」

それに返事がないのも、いまや当然となった。

テーブルに無造作に置かれた婚姻届。
“川島直也”の隣に書かれた自分の名前は、まったくしっくりこない。

『それで幸せなの?』

そう聞いた藤堂くんの横顔が浮かぶ。

「……幸せなわけない……」

ピンク色の婚姻届に、水滴がこぼれた。