「向日葵。次だから、スタンバイしよう」
「う、うん…」
向日葵は俺の腕を取って歩き出し、一緒に舞台入り口の前に立つ。
俺の腕を握りしめる向日葵の手は、もちろん震えていた。
演奏がスタートする。もうすぐ、俺たちもピアノを弾くんだ。みんなの前で、向日葵と二人で。
「…向日葵。俺は、向日葵の素の演奏を、皆に聴いてほしいんだ。だから、いつも通り、楽しく弾いてくれよ」
俺の声も、びっくりするくらいに震えていた。
でも、向日葵はそこには突っ込まず、微笑みながら、緊張気味に、ゆっくりと頷く。
これは、自分だけじゃない。向日葵も関わっている演奏だ。
別に、スカウトが目的なんじゃない。
向日葵の素晴らしいピアノを、皆に聞いてもらうため、向日葵の憧れを叶えるため。
そして、俺の『向日葵と一緒にピアノを弾きたい』という、願いを叶えるため。
体全体が、締め付けられたようになる。でも、心臓の鼓動は、さして大きくなかった。
演奏が終わったのか、盛大な拍手が聞こえてくる。
もうすぐだ。もうすぐ。
俺は、大きく深呼吸をした。
きっと、演奏を聴いてる人、特に大学職員の人は、俺の事を知っていると思う。
いい評価も、悪い評価も。
でも、もう機械のピアニストなんて呼ばせない。
