「緊張すると思うけど、大丈夫。俺も、一緒だから」
向日葵は、頷いただけだった。
どうすればいいのか、俺には全く分からない。
それでも、俺は少しでも、向日葵の緊張感をほぐしたかった。
やがて、舞台から大きな拍手が起こる。弾き終わったのだろう。
そのまま帰ってきた坂本さんは、出て行ったときとはまるで違う足取りで、戻ってきた。
きっと、うまくいったのだろう。
ほかの人にとっては、大学のスカウトがかかっているから、できるだけ他の人がミスしてほしい、という気持ちがあるかもしれない。
でも、俺たちはそんなの全然ないし、ただただよかったね、と思うだけ。
「二番。宮下沙月(みやしたさつき)さん…」
そして、順番に呼ばれて、みんな引きつった顔で出ってては、安心した顔で戻ってくる。
それに比べ、こっちはずっと緊張状態。
この状態を、ギリギリまで味合わなくてはならないのが、ラストの悪いところだ。
やがて、俺たちの一個前の人が、舞台入り口に立った。
もうすぐ、俺たちの番だ。
「十九番。山口智弘(やまぐちともひろ)さん。演奏曲は、ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲。『心と口と行いと生活で』から、終曲『主よ、人の望みの喜びよ』です」
小島先生の紹介から、山口さんが舞台に上がる。そのタイミングを見計らって、俺も立ち上がった。
