その間にも、ちらっと舞台から観客席を見ると、席がだいぶ埋まってきた。
三列目の真ん中あたりには、伊藤、黒西、そして水田の姿もある。
そういえば、母さんと父さんも、来てくれているのだろうか?
「ああ、緊張してきた」
向日葵も、舞台裏にある椅子に座りながら、そんなことを言う。
「日向君は、やっぱり緊張しないよね?」
「まさか。緊張してるよ」
そう、この独特の雰囲気ばっかりは、どうも慣れない。
ありえないほどコンクールに出ても、観客に見られる、という緊張感は、必ず感じるのだ。
「日向君」
向日葵が、俺の名前を呼んだ。露出の多いドレスのせいで、細く白い腕が、よく目立つ。
「私、頑張るから」
震えた声でそう言う向日葵の顔に、笑顔はない。代わりに、瞳には強い意志が宿っていた。
「うん」
俺も、力強く頷く。
そのあとは、お互い緊張から、なにも喋らずに黙っていた。
しかし、三十分はあっという間に経ち、ステージの向こうからは、小島先生のマイクを通した声が聞こえてきた。
「これより、第六十七回。桜木高校、ピアノコンサートを開催いたします」
ただの挨拶なのに、拍手が聞こえてくる。
遠くからでもわかる、大きな拍手。やっぱり、観客も相当な数なのだろう。
先生が、コンクールの流れを説明している最中、俺の指は少し震えていた。
