「実はさ、さっきこれ見た人が、『うちの大学知ってますか?』って言ってくれたんだよ。まだ、スカウトって訳じゃないけど、連絡先も交換して、なんか一歩夢に近づけたって言うか」
 

声こそは冷静だが、そうやって語る伊藤の顔は、言葉通り、夢に満ち溢れていた。



「よかったじゃん。あ、そういえば、黒西も吹奏楽で、結構いい評価受けてたぞ」



俺はなんでもないことのように、ぽつりと呟いた。が、伊藤の顔はわかりやすいくらいにこわばっていく。



あ、そうだ…。伊藤は仮にも、一度黒西に振られたんだ…。



でもそこで伊藤はガラッと表情を変えると、無邪気に笑いながら俺を見た。



「お前、黒西のこと振ったんだって?」



「え?い、いや、振ったって…」



確かにそうともいえないが、まさかこんなどストレートに来られるとは…。



「アハハ。わりいわりい。ちょっといじめただけだよ。分かってる、お前は向日葵ちゃんのことが好きだもんな」



いつもは殴ってしまいそうになるセリフも、今は何にも返せない。



「やっぱりな、俺とあいつは、昔からの、大切な友達だったんだよ。それ以上でも、それ以下でもない」



伊藤のセリフに驚き、一瞬質問しようと口を開けたが、すぐに意味が分かり、聞くのを寸前でやめた。

 

「すみません。あの絵を描いた伊藤さんって、あなたの事ですか?」
 

後ろから、太い低い声が聞こえてきた。


伊藤と一緒に振り返ると、俺がさっき見た、『芸術大学:職員』と名札を付けた、男の人が立っている。
 

「あ、はい!私です!どうでしたか?」
 

さっきまでのしんみりとした声が嘘のように、一気に言葉遣いもトーンも変わる。


しかし、ずっこける暇もなく、伊藤は「また後で」と言うと、職員の人と一緒に、絵の方へ向かった。
 

俺は、これ以上いなくてもいいなと思い、「頑張れ」と小さく呟いて、美術室を後にした。