この曲を弾いているのは、『盲目』のピアニストではない。
 

本当の、『天才』ピアニストだ。
 

向日葵は、一回目の山が終わったところで、演奏を止めた。


すると、今までの表情が嘘のように、ころっとほんわかした、いつもの明るい笑顔に戻る。
 

「えへへ。まだここまでなんだけど、結構進んだでしょ?」
 

得意げに向日葵はそう言う。俺は、言葉が見つからない。
 

「どうしたの?日向君、最近黙ってること多いよ。私、目が見えないんだから、声を出してよ、声を」
 

冗談めかしにそう言って、俺の肩をコツンと叩く。
 

「…いや、ただ、そこまで難易度の高い曲を、よく耳コピ出来たなって」
 

ノリの悪い声で言ってしまう。でも、向日葵はニコッと笑うと、再び俺の肩を叩いた。
 

「私を、誰だと思ってるんだ。こんなの耳コピするのなんか、白杖の使い方を練習するのに比べたら、一万倍楽だね!」
 

「なんじゃそりゃ。絶対耳コピの方が難しいだろ」
 

結局、最後は二人で笑いあう。こういうところも、俺が向日葵が好きな理由の一つなんだろう。
 

「全く、向日葵はそこまで実力があるんだったら、プロのピアニストになれると思うんだけどな」
 

俺の言葉に、向日葵はわざとらしく、「うーん」と唸って、ピアノにもたれかかった。


「ピアニストになる気はないかなぁ。意外とめんどくさそうだし」