「当たり前だよ。好きなもののためなら、それくらいの世界だって平気で飛び込めれる」
 

好き、という単語が、この前聞いた時よりも、妙に親近感を感じて聞こえた。
 

「そうねぇ。私も、好きじゃなかったら、とっくに止めてるだろうな。案外、トランペットも体力使うし」
 

「俺も、ピアノなんてややこしいし手痛くなるし、好きじゃなかったらやめてるな」
 

俺がポツリと何でもない事のように呟いた瞬間、伊藤と水田が「えっ」と言って、俺を見入った。
 

「なに、お前。ピアノ、好きになれたのか?」


…あ、そっか。こいつらには、何にも報告していなかったんだ。

というか、報告すると長くなるので、まあいいやと思ってしまっていた。
 

「あ、ああ。まあな。最近気づいた」
 

そんな風に、曖昧に答えておく。とりあえず伝えることを伝えておけば、それでいいだろう。
 

ところが、俺の横で突然、バンッと机を叩く音がした。

俺がビクッとしながら横を見ると、黒西が目を輝かせながら俺を見つめていた。
 

「じゃあ、もう空川に気を使う必要はないんだよね?」
 

「え?い、いや、まあ…」
 

気を使わせている自覚はあったが、いざストレートに言われると、やっぱり罪悪感を感じる。

少しがっくりしていると、黒西は俺の手を握った。