さっき、「すっげぇ!」と言って、席の後ろの方で立っていた人だ。
 

「なんか、よくわかんないけどさ。エアーなのに、音が聞こえたっていうか!」
 

男の子は、よほど興奮したのか、両手を上げながら、頬を赤く染めて説明している。
 

しかし、人とまともに話せないこの性格のせいで、まともに返しができない。
 

すると、他の生徒たちが突然笑い出した。
 

「おいおい、お前分かりきったこと言ってんじゃねえよ!」
 
「そうだよ、伊藤!だったら、あんたは空川君が何弾いてたか分かるわけー?」
 

伊藤。それが、彼の名前なのだろう。
 

それにしてもすごい。あの俺が作り出した困惑の空気を一瞬で壊すなんて。
 

「う、うっさいな!こういうのは、感覚なんだよ!」
 

伊藤は、みんなに叫びながら言い返すと、俺の方を見た。
 

「とにかく、お前ってすごい奴なんだな!これからよろしく、空川!」
 

にこっと笑う。汚いものが何一つない、純粋な笑顔だった。
 

俺もつられて、それまで緊張から力を入れていた口元を、緩めてしまった。