しばらく、何の返事もこなかった。怒っているのか、驚いているのか。

口を強く引き締めて、応答を待った。
 

『入りなさい』
 

ぼそっと、機械越しで聞こえる、母さんの声。感情は感じられなかった。

今、初めて聞く人の声みたいだった。
 

大丈夫、大丈夫だ。克服できる。
 

心の中で、呪文のように何度も繰り返しながら、ドアを開けた。

やけにドアを重く感じる。
 

そして、玄関が見れるくらいにドアが開いた途端、俺は息を飲んだ。

隣にいる向日葵に、「逃げろ」と叫びたかった。
 

玄関の前では、父さんと母さんが、俺を見下ろしながら仁王立ちしていた。
 

父さんは、なんとなく安心感を感じるというか、とにかく優しい瞳をしていたので、安心した。

問題は、母さんだ。
 

何にも感じない。一体何を考えているのか、まるで分らない。
 

今までだって、俺は腐っても母さんの息子だったわけだし、母さんが何も言わなくても、なんて思ってるかはすぐに分かった。
 

でも、本当に今は分からない。でも、それが余計に、恐怖感を与えた。

いっその事、すべてわかっていた方が、覚悟ができる。

何も分からない、未知というものは、人間に何よりもの恐怖と不安を与えるのだ。


向日葵は目が見えないから、当然母さんのこの恐ろしい姿は分からない、と思っていたが、向日葵は玄関に入った途端、肩を一瞬震わせた。