有名な曲だが、難易度が高く、プロのピアニストが挑戦するような曲である。
この曲は、俺が今まで弾いた曲の中で、結構神経を使った曲だ。でも、逆におかげで、曲に集中して、お客様の視線を感じずにすんだ。
頭の中で、音が聞こえ始めてきた。
そう、鍵盤に指を置いて、動かして。楽譜通りに、正確に、リズムをずらさずに。
すると、心の中にあった色々なものが、消えていく。
それでいいんだ。余計なものがすべて出ていってしまえば、残るは俺の鍛えられた指だけ。
やがて、心の中は真っ白になっていく。
曲も難関に突入していく。指が一番せわしなく動くところだ。
いけ。
「すっげぇ!」
ワンパクそうな男子の声で、俺は目を開いた。
前を見ると、後ろの席で、一人の男の子が立って、こっちを見っている。
周りの生徒は、ポカンと俺を見つめていた。
え?どうしたんだ?
