「転校生の空川日向くんだ。ピアノ推薦で入った、ピアニストの卵だな」
先生がそう言うと、教室の中はさらに騒がしくなる。
やめてくれ…。頼むから、これ以上俺の事には、触れないでくれ…。
手に、じょじょに汗が出てきた。体全体が、熱くなる。
やばい。どうにかして、この生き地獄にいるような緊張をほぐさなくては。
…そうだ、イメージすればいい。
コンクールの時、いつもピアノを弾き始めたら、一気に緊張がなくなる。感情自体が消えていってしまってる。
だったら、ここでもピアノを弾くイメージをすればいい。
俺は頭を上げると、目を閉じた。
白と黒の鍵盤の上を、俺の指が自分でも目で追えない位に、せわしなく動いている。
ショパン作曲、即興曲第4番 嬰ハ短調 遺作 作品66。幻想即興曲という名で知られている、難易度の高い曲だ。
一カ月前に出たコンクールで弾いた曲だった。
