”ピアノ、好きなんだろ?”
違う…。俺は…。
「…すみません。俺、ピアノ、好きじゃくて…」
やっとそれだけ言えた。それも、自分でも自覚できるくらいに、小さな声だ。
何を言われるのだろうとドキドキしながら、俺は目をぎゅっと瞑った。
「…そうか。まあ、気持ちは分からなくないぞ」
え?
予想外の答えに、下に向けていた顔をあげて、先生を見つめる。
すると、先生は俺の肩に手を置いた。
「先生にも、そういう時あったから」
…そういう時?
しかし、先生はキョトンとしている俺をよそに、再び廊下を進む。
俺にもそういう時があったって、俺みたいに楽器が嫌いだった時期があったって事か…?
でも、あったって過去形で言っているし、今は違うって事だろう。だいたい、今も俺と同じような状態だったら、音楽の先生になんてなれるわけない。
