それでも……、
「俺は……もうずっと前から、ミオのことしか見えてない」
ぽつりと呟くと、初めてミオを見つけた日のことを思い出した。
──朝の息苦しい満員電車。
じっとりと湿った空気と、誰もが余裕のない世界で俺は……彼女に、出会った。
「だから……」
「……あっ、そう。それなら、もういい」
「え……?」
「だから。別に、アンタが愛美さん目当てで美織に近づいてきたわけじゃないなら、もういいって言ってんの」
カラン、と、ジンジャーエールの入ったグラスの中で、氷が溶ける音がした。
ハッとして視線を戻すと、たっちゃんは長いまつ毛を伏せてから、今の今まで俺が見ていたミオの席へと目を向けた。
「それは、つまり……?」
「悪かったね、変なこと聞いて。僕はただ……美織が心配だっただけ。美織は、僕の大切な友達だから。……もう二度と、傷ついてほしくないってだけなんだよ」
そう言うとたっちゃんは、再び水の入ったグラスに口をつけた。
濡れた唇と、どこか遠くを見つめるような灰色の瞳。
物憂げな表情を見たら何も言えなくなって、俺はただ、たっちゃんの声に耳を傾けることしかできなかった。



