転がった空き缶を拾うためペンを置いた菱川先生は静かに言った。
「緒方さんの言うことが正しいことだと分かっています。たぶん俺は沙莉とハナちゃんを重ねているし、ハナちゃんに恋愛感情をもつことは恐らくない」
ーーハナちゃんに恋愛感情をもつことは、ない。
はっきり言われちゃったな。
「それでも何かしてやりたいと思うのです。俺はーー」
それ以上、聞いていられずに静かに扉を閉めた。
最初から分かっていたことだ。
10も年下の高校生を恋愛対象になど見れないし、菱川先生は有明沙莉さんにも、私にも、誰にでも優しいだけだ。
困っている人を見たらつい手を貸してしまうお節介な人で、母のことを知っているから余計に私に手を焼いてくれただけ。
間違っても、自分が"特別"なんて思っちゃダメだ。
おかしいな。
私はまた、ひとりになってしまった気がする。
住む家と温かい食事、勉強に専念できる環境にあるというのに、また未来が遠く感じてしまう。
その夜、私は静かに時を刻む贈り物を机の引き出しにしまった。
大切なそれは、今の私には重すぎた。


