息を潜めて菱川先生の返事を待つ。
しかし菱川先生はペンを走らす手を止めずにいる。
「…もしハナちゃんがおまえのことを好きになった場合、可哀想だろうが。中途半端な優しさは彼女を傷付けるだけだ」
「中途半端?彼女が望むことを俺は全てしますよ。恋人になりたいと言うのであれば、俺の人生の全てをかけて彼女を守ります」
「ふっ。おまえらしい答えだな」
緒方さんは鼻で笑った。
「守るか…そこは生涯をかけて、彼女を"愛す"って言えよ。そうじゃなきゃ、親代わりの俺は納得しねぇよ」
聞いてはいけなかった。
寂しいような苦しいような、名前のつけられない感情が渦巻く。
「おまえはあの子に、有明沙莉(ありあけ さり)の代わりをさせたいだけだ」
聞き覚えのある名前。
なんでここで彼女の名前が出るのだろう。
そして私は菱川先生にとって、有明沙莉さんの代わりなのだろうか。
「…好きなように言ってください。沙莉のことを傷付けたことは事実ですし。でももう二度と同じ過ちは繰り返しません。だから俺はハナちゃんが望む限り、ずっと傍にいます」
「それはおまえの都合だろう。望む限りだと?そんな受け身の男が、女を幸せにできるほど人の感情は鈍くねぇよ」
緒方さんは空き缶を菱川先生に投げつけると、吐き捨てるように言った。
「好きでもない女に優しくすることが、どれほど残酷なことであるか、おまえは身をもって知ってるはずだろうが」


