なかなか寝付けず、参考書を広げる。
結局、塾からの帰り道も夕食時も、菱川先生に崎島と放課後に話したことを伝えられなかった。
また心配かけてしまう。
それなら崎島も菱川先生に内緒にしていたいようだったし、言わなくてもいいのかな。
時計の針が深夜2時を指していた。
置き時計の隣りにある、珈琲の空き缶。
準備室で菱川先生からもらった、その空き缶を私は捨てられずにいる。
あの時はまだ私が緒方さんの知り合いだと発覚する前で、私に関わる必要もなかったはずなのに。
崎島から逃げて、いつの間にか眠ってしまった私に無愛想で、さりげない優しさをくれた。
もっと先生のことを知りたいと思った、瞬間でもあったんだ。
喉の渇きを感じて、リビングに向かうと光が漏れていた。
緒方さんはたまに徹夜でお仕事をしているようだが、自室でなくリビングでなんて珍しいな。
集中力を途切れさせたら申し訳ないと、忍び足で廊下を歩き、静かに扉を開けた。
リビングから話し声がした。
「緒方さん、もう2時ですよ。そろそろ寝かせてください」
「あ?こういう作業はおまえが得意だろう」
テーブルの上でなにやら緒方さんの仕事を手伝わされている菱川先生と、ソファーの上でお酒をあおる緒方さんの姿が見えた。


