2人でタクシーに乗り込む。
最初に菱川先生が断りを入れたからか、ドライバーのおじさんは濡れた私たちを快く迎えてくれた。


並んで後部座席に座り、菱川先生はすぐに緒方さんへ連絡を入れた。


「緒方さん、九州へ出張中なんだ」


「九州?それで先生が…」


タイミングの悪い時に助けを求めてしまったようだ。


「無事に君を見つけられて良かった」


「ご迷惑をおかけしてすみません」


「大丈夫だよ」


こんな時だからか、その声色はいつもより優しい。


水滴の付いた眼鏡をハンカチで拭う先生を観察する。


額にはりついた前髪を片手で搔き上げる姿は色っぽく、教壇に立つ菱川先生とは違う人のように思えた。


ああ、先生も普通の男の人なんだ。

今更ながらそんな当たり前のことに気付いてしまったのだ。

私、なに考えてるんだろう…。

少し前まではあんなに怖かったのに、今はもう、隣りに座る菱川先生が気になって仕方ない。