突然部屋の中で、水音でもシュリでもない男の声が響いた。
 ふたりは声のする方を振りかえる。
 すると、そこには開いた窓に座る、背が高く、華やかすぎる程の服を見にまとっている男だった。
 水音も見たことがある男だ。


 「エニシさん!」
 「あ、覚えててくれたんだねぇー!お嬢ちゃんっ。」


 いつの間にこの部屋に入ったのかわからないが、魔法のような石があるのだ。このような事が出来る人もいるのだと、水音は思った。

 以前シュリを助けてもらったお礼を伝えたくて、水音はすぐにエニシに駆けよろうとした。
 けれども、シュリが片腕を伸ばして、それを止めたのだった。
 シュリは、静かにエニシを鋭い目線で睨んでいた。


 「シュリ?どうしたの……エニシに助けて貰ったんじゃないの?」
 「……あいつは、占い師とか言ってるのに、戦うと強い、怪しい奴だよ。それに……。」
 「…………。」
 

 シュリは、水音を自分の背中に置き、守るように短剣を構える。もちろん、あのボロボロのものではなく、新調したのだろう新しいモノになっていた。
 シュリが構えると、やれやれという表情を見せながら、エニシは腰にさしていた細長い剣を抜いた。
 怪しく光るその剣は、とても綺麗で恐ろしさをも感じさせる物だった。


 「あいつは、俺によく仕事の依頼をする男だ。」
 「え、仕事って………暗殺。」
 「自分の手を汚さずに、邪魔な人間を消してくれるんだ。おまえはかなり役に立っていたよ。」


 エニシはそういうと、声をあげてクスクスと笑った。綺麗な顔と変わった服が、妖艶さを感じさせて、この世のものではない雰囲気を出していた。
 水音は、そんな彼を見るのが怖くなってしまい、シュリの背中に隠れ、服をきゅっと掴んだ。


 すると、エニシを見つめたまま、シュリは小さな声で水音に伝えるように早口で話し始めた。


 「おまえは、湖の方へ逃げてろ。こいつを何とかしたら迎えに行くから。」
 「でも、エニシは強いって……!」
 「いいから早く行けっっ!」

 シュリは、最後の言葉だけ強く怒鳴るように言った。水音は、驚き、よろよろと彼から離れた。 
 彼があえて強い口調にしているのは、水音を早くこの場から離れさせたいからだとわかる。
 そして、彼が焦っているのはエニシが強敵だと言うことだ。

 シュリが心配で仕方がない。
 その場を離れたくない。

 けれど、自分が足手まといになってしまうのも、水音は怖かった。


 「んー、僕は彼女に用事があるから逃げられると困っちゃうなー。」
 「俺の女だ。勝手に連れられては困るな。」
 「自分の女を一人で逃げさせるなんて、最低な彼氏様だな。彼女が可哀想だ。」
 「っ!このっ!」


 シュリは、素早い動きでエニシに短剣で襲いかかった。カンッと刃同士がぶつかり合い、高い音がシュリの部屋に響いた。
 その音に、体を震わせながらシュリを見つめる。

 エニシが水音の方に行かないために、必至に押し合いをしている。
 自分がいなければ、彼は思いきり戦えるのだ。

 そう思った瞬間、水音は部屋にあった貴石が入ったランプを持って部屋を飛び出した。