「おまえな、本当にバカだろ。次、大きな声だしたらキスして口塞ぐか………。」
 「………あ。」

 
 男は短剣の先を水音の首元に当てた。
 初めての武器という物を自分に向けられ、そして鋭い視線と短剣で迫らる。その感覚に、水音は恐怖しか感じられなかった。涙も言葉も出ない。
 他人に殺されそうになると、人は固まってしまうのだと初めて知った。


 「殺すのは不本意だが、俺も死にたくないんだ。……ちゃんと黙ってついてこい。いいか?」


 低音で冷たい言葉を耳元で囁くように男は言った。水音は、ただ無言で頷くしか出来なかった。


 「……よし。じゃあ、立って俺についてこい。なるべく足音をたてるなよ。」


 そう言われて、水音は体を起こそうとしたが、脚に力が入らず、よろけて転んでしまい、そのまま地面に倒れた。
 先を歩いていた男が、その音を聞いて振り返る。


 「おまえ、何やってんだよ。」
 「……すみません。体が冷えきってるからか、……上手く立てなくて。先に逃げてください。」
 

 水音は、自分の体が小刻みに震えているのにやっと気づいた。全身が冷水でずぶ濡れで、しかも気温もかなり低いところに長い間いたのだ。
 それに気がつくと、頭が朦朧としてくるのも感じ始めた。今までは、目の前の危険な男のお陰で気が張っていたのだろう。
 しかし、1度自分の体に不調ががあると知ると、弱くなってしまうもので、水音はそのまま地面に倒れたまま、動けなくなってしまった。


 「おい、あそこに誰かいるぞ!」


 すると、すぐ側で男の声が聞こえた。
 銀髪の彼が言っていた「お偉いさん」の一人だろう。それを察知すると、水音は体をすくませた。
 彼も不思議な存在であるが、自分を追っている大勢の集団の方が、危険を感じてしまった。