清空が御役所を訪ねた夜のこと。
 彼は、『仁左衛門殺し』が起こった河原に居た。

 大堰川の河原、その土手に生えた柳より十間ほど進んだ場所――仁左衛門が流されたとされる血痕は、仁科道場の面々と河原を流れる風によりあらかた消えてしまってはいたが、雨は降らなかった天候のためか、地面に点のように小さく赤い血痕が残っている。

 清空は、御役所で事件について中村と話をした。
 検分書を読み終えた後に、中村は一言『これでは辻褄が合わぬ――』と呟いた。

 死体にあった斬り傷、斬られた箇所、その数、そして――その鮮やかなまでの斬り口である。
 中村が直に眼にして、清空のしたためた検分書を見るに、どう考えても押収した刀では――仁左衛門に残された傷をこしらえることは不可能なのだ。
 下手人として始末された源之助が、いかな達人であろうとも――得物がナマクラの刀であってはああまでは鋭く斬り付けることは出来ないであろう。

 しかし、下手人として挙げられたのは不動源之助で、押収された刀も在る。
 その一方で、死体に残された傷は――矛盾が生じていた。