月は紅、空は紫

 あらかたの診るべき部分を調べ終わり、清空は遺体の検分を終えた。
 これらをメモに残し、後は書面に改めてから御役所に提出するわけである。
 つまりは、これでこの場所における清空の仕事は終わり、ということだ。

 この時代には、死体がいかに変死しているものであっても検察医による遺体解剖というようなものは存在していない。
 仏教が市民の意識の中で大きな割合を占める、そんな社会通念の中では死んでしまった遺体をアレコレといじくってしまうのは、いわゆる『禁忌』に当たる。
 遺体はこのまま御役所の中に備えられた『遺体安置所』に収容されて、身元の引受人を待つか、さもなければそのまま荼毘に付されることになる。

「――では、私はこれで」

 手にした帳面を整え、荷物を風呂敷包みにしまってから清空は中村に声をかけた。
 中村はその時、自分の部下である岡っ引きを小森の他にも何人か集めて、これからの捜査に関する指示を出していた。

「おお、ご苦労だったな。では、いつものように頼んだ」

 そう答えてから、再び岡っ引きたちの方を向き直り、指示の続きを始めた。