月は紅、空は紫

 二人の間に俄かに流れた緊張の糸を切ったのは、この場に流れた風の音である。
 秋という季節には凡そ似つかわしくない、空気を斬るような鋭いピュウという高い音が、あまりに不意を衝くような男の出現に我を忘れかけた清空にこの場に来た理由を思い出させた。

「あ、その……拙者、諸国を旅しながら剣の修行をしております、平野清山と申します。是非とも、この道場の見学をさせて頂きたいと思いまして――」

 精一杯、平静を取り繕うように目的を話しながら、懐から印加認状を取り出そうとする。
 しかし、一度乱れかけた精神は、確実に清空の身体に影響を及ぼしてしまっているようで、懐にしまってある筈の認状が上手く手の内に収まってくれない。

「――あ、あれ?」

 早く認状を出して、自分の身分を証明せねば。このままではただの曲者として扱われかねない。
 そう思い、焦れば焦るほどに認状は清空の懐の中を逃げ回るように手から滑り抜けて行く。
 時間にして、僅か数瞬の出来事ではあるが、清空の焦りが最高潮にも達してしまうとした時――男の方から口を開いた。