オルフェンの言った通りミロハイト家は爵位を返上され、家は潰された。
 その話を私はジークからベッドの上で聞かされた。

 「呆気ないものね。
 『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理あらはす。
 驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
 たけき者も遂には滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ』」
 「何ですそれは?聞かない言葉も入っていますね」
 「東洋の物語に書かれていた言葉よ。
 何て言ったかしら?
 ああ、そうそう。確か『平家物語』」
 「お嬢様は博識でいらっしゃいますね」
 「仕事柄、様々な国の人と知り合うことが多いからね。
 これは東洋の商人が教えてくれたの」
 「そうですか。どういう意味なんですか?」
 「どんなに栄えていてもいつかは滅びるということよ」
 「成程。貴族方には合った言葉ですね」
 「ええ。だからこそ驕らずに生きなければいけないわね」
 「はい。ところでお嬢様、お薬の時間ですね」
 「・・・・苦いのよね」
 「我慢して飲んでください」

 私はまだ一人で起き上がることができないのでジークに助けてもらって何とか起き上がる。
 ジークに薬湯を口に運ばれる。
 一口含んだだけで口全体に苦みが増す。
 飲むのに一苦労だ。
 誰か、もっと飲みやすい薬を開発してくれないかしら。
 今度、ギルドに行って提案してみよう。

 「仕事はどうなっているの?」
 「問題ありません」
 「いつ聞いてもそればかりね」
 「いつも同じことしか聞かれないので」
 「仕事の進捗具合とかあるでしょう」
 「病み上がりのお嬢様にお知らせする内容ではございませんので」

 まだ怪我が治っていないのでジークに私の代理をしてもらっている。
 ジークは優秀なので問題ないのだが、私に甘い。
 甘すぎて、療養中だからと言って仕事の話を一つも聞かせてはくれない。

 「グロリアはまだ部屋から出て来ないの?」
 「ええ。奥様がずっとつきっきりだそうです」
 「大変ね」
 「グロリア様はお怪我をされたわけではないのでお見舞いぐらいは来てもいいと思うのですが」
 私の怪我はグロリアが馬車の外に出るという何とも無謀な行動に出た結果なのでジークは自分のこともそうだが同じぐらいグロリアにも怒っているようだ。

 「グロリアが来たら私の体調が悪化するわ」
 「それは困ります」
 「ええ、本当にね」
 卑屈な言葉を用いられて謝罪されても嬉しくはない。
 寧ろ、苛々が増しで体に良くないだろう。

 「婚約者の件は?」
 「話は進んではおりませんね」
 「難しそう?」
 「何しろグロリア様があまり乗り気ではありませんし、奥様も無理をする必要はないとの一点張りですので」
 「最終的にお父様が勝手に決めそうね」
 「そうなるかと。旦那様はかなり頭を悩ませております」
 「グロリアの態度一つで我が家との関係悪化に繋がるのよね」
 「だからこそ、優秀ではあるけれど、関係が悪化しても然程問題のない階級が低く仕事での繋がりもそこまで深くない者達をお選びになったのでしょう」

 それもどうかと思うけど。

 「グロリア様の婚約が決まれば次はセシル様ですね」
 「・・・・・そうね。
 もし決まったら、私が結婚したらジークはどうする?」
 「・・・・ついて行きますよ。私はお嬢様だけの執事ですから」

 「そうね。あなたは私専属だものね」
 「はい」


 初恋は実らないものだ。
 ましてや貴族なら尚更。
 私の婚約がいつになるかは分からないが、お父様が家にとって良い縁談を決めて下さるだろう。